揚げパン

街で一番美味しいと言われる中華料理店はどこの街にもあるものだ。サイ子はその中華料理店に行くと必ず食べるものがある。天津飯、唐揚げ、餃子、山盛りのサクサクスライストマト付きのダイコンサラダだった。

 

このお店の天津飯は、ふわとろのオムライスのような卵の上に絶妙に本物にみえるカニ(かんづめだろう、かまぼこほどかまぼこ感がないから美味しい。)が山盛りのっている。初めてここの天津飯を食べた時、サイ子はそのふわふわ感に魅了された。どこかのお洒落な美味しいカフェの中華オムライスだと思ったくらいだった。

 

これらを平らげれば、もうお腹満腹だった。その日に限って、一緒に食べていたサワ美が、喉が渇いたと言ったので、コーラを頼んだ。コーラも中華料理もこのお店に、半年に一度来た時くらいしか、飲まなくなったサイ子だった。

 

コーラを待っている間、メニューをぼんやり眺めていた。

・杏仁豆腐

・バニラアイス

・杏仁豆腐入りバニラアイス

・ごまだんご

大学いも

・揚げパン

 

サイ子はいつも、最後の揚げパンが気になっていた。お皿に月餅のような同じ形をした茶色の物体が3つ並んでいる。だが、お腹が一杯なこと、ハズレだったらショックだという懸念から、いつもついついスル―していた。時々サワ美に、自分が揚げパンを頼みたいオーラをだしてみるのだが、サワ美はさらにスル―感満載だった。

「揚げパンって、どんなのかなあ?」

「え?揚げパン?」

サワ美の眉間にシワをみたサイ子は、揚げパンなんて、小学校の時に食べた、あの黒砂糖がいっぱいかかった、油っぽい黒糖パンの揚げパンと同じ様な感じだろうと、イメージを完結させて終わりにするのだった。

 

だが、今日と言う日だけは、揚げパンの写真に魅せられてしまっていたのだ。

「揚げパンって、」

「揚げパン?油っぽいよ、」

「どんなんかな~?」

「あぶらあぶら、」

「ごま団子みたいに?甘いかな?」

「そうそう、」

ピロシキみたいなんかな~?」

「あぶらっぽいって、杏仁豆腐は?」

「ここの杏仁豆腐、絶対缶詰だって。ミルク感0だったもん。」

コーラが運ばれてきた。細長く背の高い大きなグラスの半分くらい、四角い氷が2個入っていた。

「頼もうよ。」

当然かも知れないが、サイ子とサワ美は、いつも半分ずつシェアして食べるので、何か頼む時は相手の快いGOが出ないといけなかった。

「・・・」

スル―かとサイ子は思った。中華料理店はいつのまにか喫煙者の煙であふれかえっていた。サイ子はむせた。隣に座っていた紳士のように見えたおっちゃんは、日本語が話せない美人の中国人のウエイトレスのお姉さんに向かって、突然怖い顔をして、偉そうにこう言っていた。

 

「食べにくいねん!」

店内は急にシーンとなった。何かと思えば、おっちゃん曰く、自分はチャーハンを頼んだのだが、楕円形のお皿で出てきたので、食べているうちにポロポロこぼれるから食べにくいのだという。ちなみに、この事で怒りだす前に、おっちゃんはメニューについて、自分はスモールを頼みたいとお姉さんに無理を言っていたのだった。そのスモールは、ランチタイムでないから出来ないと言われたことで、不機嫌になっていたのだった。「スモール頼めばええねん、スモール。」サイ子達にもすすめてくるのだった。かなり酔っぱらっていたようだった。

 

ちょっと笑えたが、なるほどなと思った。英国風のスーツに身をまとった上品に見えるおっちゃんは、時々お姉さんにクドクドちょっかいめいたことを、怒りながら言っていた。「ここの店な、●●店のママきれいやねんで。」いよいよ、お酒で出来上がったおっちゃんだった。

「●●店って、あったっけ?」

「さあ?」

 

沈黙が少し流れた。サイ美が言った。

「揚げパンたのまへんの?」

「え?いいの?」

頼むことになった。お姉さんはいつもレジ付近でお客を見守っている感じだったが、その日は22時を過ぎていたので、ラストオーダーだと思ったのだろう、厨房のお兄さんと中国語で何か話しているのが聞こえてきた。

「あの~」サイ子はおずおずと、厨房まで声をかけてみた。全然気づいていないようだった。「すみませ~ん」サイ美の良く通るキレイな声が店内に響きわたった。大慌てで、お姉さんが出てきた。

「揚げパンって美味しいんですか?ごま団子と迷っているんですけど。」

「揚げパン?ん~、おいしいよ。」

お姉さんは本当に美味しいと思っているのが伝わってきた。日本語も通じたようだった。お姉さんが美味しいと言ったので、揚げパンを頼んでみることにした。写真をよく見ると、マーガリンのような小さな器も一緒に映っていた。

「これ何?何かつけるの?」

「ミツをつけて食べるよ。」

「蜜!わ~蜜だって!楽しみ~。蜂蜜付きだって~。」

 

2人とも、蜂蜜だと思っていた。サイ子は揚げパンに対して、期待しすぎるほど、いろいろな妄想をふくらませた。

 

中にクリームが入っているのだろうか、ピロシキみたいな感じだろうか、いちごジャムだったらいやだな、ラスクみたいにサクサクなのだろうか、油っぽすぎないか、サクサクでなかったらどうしよう、熱すぎて食べれなかったらどうしようなどだ。店内にはサッカー中継の音だけが流れており、店内はますます煙にまかれていた。おっちゃんは、いつのまにかお会計をすませ、静かにお店をあとにしたようだ。

 

目の前に揚げパンが出てきた。手をたどり見上げると、お姉さんではなく、コックのお兄さんだった。お兄さんは、わざわざ厨房から出てきて持ってきてくれたのだった。

 

「うわ~」「手で食べる?」サイ美はそう言ったが、お箸で食べるとサイ子は言った。

 

新食感!

 

どのイメージもはずれだった。アツアツの濡れおかきならぬ、かりんとうというところだった。甘いもちもちすぎるほどの、ふわふわパンが中に入っていて、外側は絶妙な油の染み込み具合で調理されており、表面はピカピカだった。沖縄ドーナツほどの、ザクザク感やケーキ感はなかった。やはりパンだけあって、強力粉がきいていた。蜜と呼ばれていたものは、練乳のことだった。

 

練乳とサクフワな揚げパンのコラボ!また、コーラによく合う!サイ子は思った。餃子を2キレ残しておいてよかったと。サイ美は、どうして餃子を残しているのかが不思議だったようだ。実は、サイ子は、揚げパンの味がわからなくなるのを予測して、あえて餃子2個分のお腹をすかせておいたのだった。

 

サイ子は、餃子2個残しておいてよかったと思った。それだけ揚げパンは衝撃的な美味しさだった。これからは、どこの中華料理店に行っても、揚げパンを頼もうと思ったサイ子だった。

 

サイ子は油のリップを唇に塗ったかのように、潤っている気がしたものの、とても満足したサイ子だった。ただ、練乳が小皿に2ミリくらいだったので、もう少し多くしてくれてもいいのではないかという疑問が、帰り際の寒い夜空を見上げながら、ふとよぎったのだった。