美的感覚

ハーブの一種に、フェンネルがあります。やわらかい細い葉で、とっても甘い香りがします。だからでしょうか、毎年アゲハの幼虫が10匹くらいくっついています。

 

アツオの小学校のフェンネルも今年も例にもれず、いましたいました。ですが、6匹くらいでした。フェンネルの葉をよく見ると見つけられます。見落とした年は、フェンネルの葉がほとんどかじられてしまうのでした。このように、アゲハの幼虫は葉を食い荒らすので、見つけたら退治する先生もいました。ですが、今年の担任の先生は、クラスで飼おうと言ったのでした。

 

小学校3年生のアツオは、アゲハの幼虫を飼ったことがなかったのでした。飼おうと言った先生も同じらしく少しとまどっているようでした。まず最初の問題は幼虫たちの巣をどうするかということでした。100均に虫かごが売っているといっても、わざわざ飼うのはどうかと思った先生は、学活で生徒に依頼をしました。みりんとかが入っている大き目のペットボトルが、空であれば持ってきてくださいと。

 

次の日、テルコちゃんと、ソリタ君が大き目ペットボトルをクラスに持ってきました。アツオは探したものの、そんなもの見当たらなかったのでした。「ありがとね。」先生は準備していたはさみと、キリ、そして輪ゴムとサランラップを机の上にだしました。先生はまずキリで、ペットボトルの空気穴をサイドにたくさんあけ、上部と下部を丸くカットし、筒状にしました。今日はこれで終わりでした。

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アツオはフェンネルを帰り道にのぞいてみました。幼虫たちは大きくなっていました。モリモリフェンネルの葉を食べていました。

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次の日、先生はフェンネルをペットボトルの中に入れたとして、水の補給をどうするかみんなに質問しました。すると、カコリさんは答えました。「家にプリンの入れ物があるから持ってきます。」負けじとアツオも答えました。「家に牛乳の空箱があるので、それを切り取って、下の部分を花瓶がわりに使えばいいと思います。」「持ってきてくれるの?」「はい。」今日はこれで終わりでした。幼虫たちは日に日に大きくなっていくのでした。

 

ペットボトルを2本、それぞれにフェンネルの葉、幼虫3匹ずつ、カコリさんのプリンの空容器に水を一杯いれフェンネルを生けたもの。そして、同じ様にし、空容器はプリンではなく牛乳の容器を3分の1弱くらい残し、アツオがカットしたものに水を一杯いれ、フェンネルを生けたものを作りました。仕上げはペットボトルの上に、サランラップでフタをし、輪ゴムでとめます。そして、つまようじで空気穴をたくさんあけました。クラスはワイワイ言っていました。担任の先生は、クラスのかわいいインテリアになるだろうと思い、あえて段ボールではなく、透明のみりんの空容器にしました。こんな風に、かわいいクラスのマスコット的存在になるだろうと思っていました。

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ですが、実際は全然ちがっていました。みりんの空容器に対して、幼虫たちは意外にも大きかったのです。みりんの容器が小さく見えるくらいでした。アツオはこれを見たとき、幼虫たちが狭いので息苦しいのではないか、思う存分動きまわれないのではないのかと心配になっていました。

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先生は、水替えのお当番を決めるのを忘れていました。そのため、みんなペットボトルの中をのぞいては、ウキウキするのですが、誰も水をかえませんでした。みんな誰かがかえているのかなくらいに思っていました。アゲハの幼虫は、エサを食べる時期があり、その頃に移動させていたとすれば、半日も置いていれば、丸いフンだらけになっていたところでした。ですが、丁度その時期をすぎた時に、ペットボトルに移し替えたので、フンはなく、すぐに幼虫は2,3日のうちにサナギ化するのでした。

 

次の日、席替えがありました。くじ引きで座席を決めたのですが、アツオは幼虫の横の席を獲得した宇宙君にお願いし、くじ引きの番号を交換してもらいました。これでアツオはマリカちゃんのペットボトルと隣り合わせに置かれている窓際のアツオのペットボトルのサナギ達の横に座ることができました。(これでいつも幼虫を見れるぞ。)アツオは心躍りウキウキしていました。

 

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マリカちゃんの幼虫は3匹のうち、2匹がペットボトルの上の方でサナギ化しました。残りの1匹だけは、なぜか動きまわっていました。サナギ化する前に、運動が必要なようでした。アツオの幼虫達と言えば、とても緊張していたのか、ペットボトルに移し替えた時から、フェンネルの中に埋もれて見えず、フェンネルの葉の中で、じっとサナギ化する形になっていたのでした。(まあ、いいだろう、フェンネルが好きなんだろう。)特に問題視していなかったのでした。

 

次の日、マリカちゃんのペットボトルでは大変なことが起こったのです。丁度、国語の時間でした。みんなは、先生が読む文章を聞きながら、必死で教科書の中の文字を追いかけているところでした。アツオは何か気配を感じたのでしょう、ふと横のペットボトルを見たのでした。

 

サナギの上に覆いかぶさるように幼虫が通り過ぎている!

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サナギはペットボトルにくっついているように見えますが、実は、細い蜘蛛の巣のような糸で固定されているだけだったからです。アツオはマリカちゃんのサナギがつぶれるのを予測したのでした。本当はクラスのサナギだったのですが、マリカちゃんのサナギ、アツオのサナギと、アツオの中では競争心からそう思ってしまっていたのでした。(マリカちゃんのサナギが危ない!)ですが、どこかでアツオのペットボトルのサナギでないことに安心もしていました。「うわっ!」思わずアツオは笑いにも悲鳴にも似た声をあげたのでした。先生は、知らぬふりをしていたのですが、隣のカピスちゃんは皮肉を込めてこう言いました。「サナギ博士。」アツオにとって、今は国語の時間どころではありませんでした。

 

ですが、それはアツオの杞憂に終わるのでした。なんと、サナギはつぶれるどころか、ブルンと大きく体を1回ふるわせたのでした。その瞬間、サナギの5倍ほどになっていた幼虫がポトンとペットボトルの底へ落とされたのです。(サナギの殻や糸は伸縮性があるんだな。幼虫、つぶれなかっただろうか。)幸い、フェンネルの葉の上に落ちたので大丈夫なようでした。

 

幼虫よりも進化したサナギのほうが強い

 

アツオはサナギの強さにびっくりしました。同時に、落ちていった幼虫が優しいなとも思ったのでした。今度は振り落とされた幼虫が気になるアツオです。幼虫はしばらくフェンネルの中に埋もれていましたが、国語の時間が終わる10分前くらいに、もそもそと這い上がって来たのでした。そして今度は、サナギに嫌がられるのを察知したのでしょう、なんと天井のサランラップの上を楽しそうに何周もし始めたのでした。

 

休み時間になった時、誰かが悲鳴をあげました。どうやら、天井のラップの上を這いずり回っていた幼虫をつついた時、頭から角のような粘着物を出したからだったのでした。「あんまり、この角を出させると、サナギ化しないらしいよ。」「なぬ?」アツオの説明に、空君は戸惑っているようでした。それにしても、幼虫は健気だとアツオは改めて感心したのでした。土日をはさみ、月曜にはマリカちゃんのサナギは3匹ともサナギ化していました。サナギ化したのなら、もうサランラップはいらないだろうと、マリカちゃんのペットボトルでは天井のラップがはずされました。吹き抜けになったので、サナギたちはリラックスして深呼吸しているようでした。

 

 一週間くらいしたころでしょうか。大勢の生徒がアツオのペットボトルのまわりに集まっていました。アツオは教室に入るなり、何か不吉な予感がしました。急いでペットボトルのところへ向かいました。

 

牛乳パックの水の上に、1匹の幼虫が浮いている

 

 

 

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(なぜ、僕のペットボトルの幼虫だけが。。)浮かんでいるというより、スカスカになったサナギが1匹浮いていたのでした。アツオのペットボトルに浮いていたサナギは、真っ黒に近く、他の2匹もコウモリのように、ひからびて逆さまに吊るされているようでした。

 

隣のカコリさんのペットボトルをアツオは注意深くみていました。プリンの容器には、水がありませんでした。(サナギになれば、水分はそんなにいらないのかな。)ただ、誰かがいつも新しいフェンネルの葉を補充してくれているのか、いつも新鮮な葉っぱがペットボトルの中に甘い香りをただよわせていました。

 

アツオのペットボトルの中の、牛乳パックでも水が満タンでした。ということは、誰かが水を補給してくれたいたことになります。アツオはその点においては、ホッとしたのでした。もちろん、フェンネルの葉も補給してくれていたのでした。そう、アツオは見ているだけで世話をしていなかったのでした。(1匹のサナギが水に浮いている。昨日の帰り際に、少し触った時は、サナギなのに反り返っていたのに。)他の2匹についても、よく見ると、固定用の糸は切れていて、フェンネルの葉の中にはいるものの、シッポ部分だけがくっついており、宙ぶらりん状態になっていたのでした。

 

アツオは自分のペットボトルの3匹のサナギだけが死んだようになっていたので、何だか恥ずかしくなってしまったのでした。(誰かが幼虫を浮かせたのか?)途方もない疑いまで持ってしまいました。泣きそうになっていたアツオに向かって、先生はこう言いました。「まだ分からないよ、捨てないでおこうね。」

 

アツオはどうして、サナギが真っ黒になり、水に浮いてしまっていたのか、逆につるされているようになっていたのかを考えていました。ハッと気付いたのでした。

 

牛乳パック!

 

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そうなのでした、アツオがカットした牛乳パックは、カコリさんのプリンの容器の倍以上の高さがあったのでした。そこへ、水を一杯入れたものだから、ペットボトルの中の湿度はかなり高くなってしまっており、まるで蒸し風呂状態になっていたのでしょう。そして、水を替えているうちに、サナギのいるフェンネルが水際に、いつのまにか沈みこんでしまったのでしょう。ムラしフキンのように、幼虫たちはふにゃふにゃになっていたのでした。サナギたちは牛乳パックの高さが高すぎたため、水の飽和が原因で重さに耐えられなくなり、ふやけてしまったのでしょう。

 

 (プリンの容器はちいさすぎて、水を補給してもすぐに蒸発してしまう。だけど、僕の持ってきた牛乳パックほど大きなものに水を満タン入れると、それはサナギにとって致命的になる。プリンの容器なら、サナギはどうなっていたのだろうか。)アツオはこのことを誰にも言いませんでした。2週間くらい経過したころ、カコリさんのペットボトルのサナギたちは、見事に孵化し、美しいアゲハ蝶になり、3時間くらい羽を休めていたかと思えば、ヒラヒラ巣立っていったのでした。

 

アツオのペットボトルのサナギたちは、ずっとあの時のまま、固まったままミイラ化し、フェンネルも黄色くなったまま、なぜか枯れることなく甘い甘い香りだけが教室中をただよっています。誰も捨てようという子はいませんでした、いいえ、みんなもうサナギのことなんて忘れていたのでした。先生もアツオが捨てるまで放置していたのでした。

 

アツオは捨てる気は全くありませんでした。サナギはそのまま放置されていました。結局サナギ博物館と言う生徒まで出てきたしまったものの、クラス替えまで、ひからびたサナギ達はそのままで教室の片隅に置かれていたのでした。(アゲハの幼虫は、サナギになったら一旦、中身を全部ドロドロにするんだ、そう、ナウシカの巨人のように。まだ出来上がっていないだけだ。きっと、すごい蝶が出てくるんだ。)アツオのノートはヘタなアゲハ蝶の絵だらけだった。

 

それでもアツオはなぜか、満足感にひたる。アツオはサナギがいつの日か孵化すると信じている。ひからびた、なめくじの抜け殻のようなサナギたちが愛おしく、美しくさえ思っている。ある日、教室のサナギのまわりに、アゲハが飛んでいるのをアツオは発見したのでした。もしかしたら親かも知れない、そんな予感がしたのでした。

 

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